雑誌NOUMU
  • Home
  • Our Concept
  • Documents
  • Open space
  • 商品

舟に乗って旅に出よう

4/22/2017

0 コメント

 
画像
NOUMUをはじめて3ヶ月が経った。

その間に驚くほどの人と出会い、会話し、ときに噛み合わず、ときに意気投合して今のNOUMUができている。

サイトを立ち上げ、作家さんの展示に文章を寄せたかと思うと、雑誌掲載用のエッセイを書き、スケジュールを編集さんに組んでもらったり、写真家さんと何時間も話しながらたった一枚の紙面を決める。

協力者の人たちは皆、変わり者だからメールの一通でさえどぎまぎしながら書くし、作家さんと話す時は自分を剥き出して話さないと信用してもらえない。温度差はあるけれど、みんな本気だからだ。

海に出てしまってから、急いで船を作っているという感じがする。

ある人から「このままでは(誰か有名な思想家なり、学派なりがバックにつかないと)この雑誌は信用されませんよ」と言われたけれど(彼女は善意からそう言ってくれた)端から、信用されるものを作る気はない。

僕はあるギャラリストにメールを書いた時「インデペンデント」の雑誌だと書いた。その時は単に「独立」という意味で使ったが「independent」とはin-depend、つまり「依存しない」という意味だと後から気がついた。どこかの学派や出版社がバックについているわけではないし、会社や政府が支援してくれているわけでもない。

もし読者の方々がそのような既存の権威によって価値付けられているものを読みたければ、NOUMUは相応しくない。もっと有名で信頼できるものを読むべきだと思う。ミシュランで3つ星をとったレストランは美味いだろうし、花屋に並んでいる花は美しい。

それで満足をする人たちを非難するつもりはないし、僕だって花屋できれいな花を買う。安全なもの、信頼できるものに投資するのが一般的な感覚だからだ。

でも少し気になるのは「今のあなたを形作っているのはそんなに安全で、信頼のできるものばかりだろうか?」ということ。怪しげな露店で買ったアクセサリーが存外、気に入ったり、どこにでもいそうな異性を運命の人だと思ったり、あなただけが知っている価値があなたを形作っているということはないだろうか。

僕はあると思う。

それは、それらが既存の権威や価値から逃れているからではなく、そこにあなたのリアリティがあるからだと思う。あなたの身体が反応し、それを肯定しているからだと思う。

たぶん、その時あなたはちょっとした賭けをしたのだ。

自分の舌や鼻を信じてみること、既存の記号や価値から逸脱すること。

少なくともNOUMUが行っているのはそういった賭けだと思う。立ち上げた僕が言うべきじゃないけど「みんなまぁ、よくこんな舟に乗ってくれたもんだ」と、つくづく感心してしまう。

名も知れぬ、見るからにダメそうな舟。

いまNOUMUを手伝ってくれている人たちは、NOUMUに既に価値があるからやってくれているのではないと思う。協力という形で今まさにNOUMUに価値を吹き込んでくれている。もしくはただ楽しいから(Just for Fun)かもしれないけど。

僕は太宰治の「かすかな声」の一文を思い出す。

「芸術とはなんですか。」
「すみれの花です。」
「つまらない。」
「つまらないものです。」

「芸術家とは何ですか。」
「豚の鼻です。」
「それは、ひどい。」
「鼻は、すみれの匂いを知っています。」
0 コメント

あなたのコメントは、承認後に掲載されます。


メッセージを残してください。

Home

Our concept

DOCUMENTS

OPEN SPACE

Copyright © kino mitsuhiro 2017
  • Home
  • Our Concept
  • Documents
  • Open space
  • 商品